2006年はモーツァルト生誕250周年!

モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集

../../image/noimage.jpg 定価 : ¥ 5,250
販売元 : ソニーミュージックエンタテインメント
発売日 : 2006-07-19
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価格: ¥ 5,250
高貴なる背徳の悦楽

伝説のピアニスト、グレン・グールドのモーツァルトのピアノソナタ全集が、やや価格を下げて再発売となった。これを機会に購入して、久しぶりに「全集」の形で聴きなおしてみた。

まず端的に言えるのが「いい演奏だ・・・」ということである。というのは、まず、「聴く」ということ自体の面白みを多層に含んでいる事があるのと、加えて“グレン・グールド”の解釈について、あれこれ想像をしてみる楽しさがある。グールドのモーツァルトについては、特にその過激ともいえるテンポ設定が議論に上る。でもこれは別にモーツァルトだけではなくて、グールドはバッハでも結構独創的なテンポを設定していたし、ベートーヴェンの「月光」や「悲愴」もとても速かった。なぜモーツァルトにおいて、そこが大きく問題視されるのだろうか、と考えてみると、おそらくモーツァルトの「神性」のようなものに抵触すると本能的にとらえてしまうからではないだろうか?そして、そういうとらえ方も実は間違いではない。

このテンポ設定について、たしかかつてベートーヴェンのソナタのレコード解説で面白い検討があった。「グールドは作曲当時の楽器のイメージを頭に描いていたのではないか?」というものである。これは「なるほど」と思えるもので、例えば当時のピアノであれば、音のダイナミクスの幅は狭いし、音をある程度以上に保持するのは難しい。であれば、例えば演奏スタイルというのはもっと「即興的」だったに違いない。装飾音を挿入したり、あるいは和音を分散化させてみたり、というものだ。あるいは、ノンレガート気味に早く弾くという方法だってあっていいはずである。グールドの面白いところは、それをあえて「現代のピアノ」でやちゃったところにある。つまり「確信犯」なのだ。これを「モーツァルトの無垢」という「神性」に対立する概念、と思えるときは、確かにあるのだ。だが「背徳の喜び」はいつの時代にもあるし、そのような「喜び」からものすごい芸術が生まれることもある。これはそういう全集ではないのだろうか。

速いテンポで颯爽と弾き飛ばしてきたグールドが、最も有名なK.331になったとたん、通常以上にテンポを落としてゆっくりと弾く。いかにも「どうだい」といった感じである。このグールドの姿に思わず快哉を叫んでしまうのも、また一方で人の本能かもしれない。

古典音楽

 グレン・グールド臭さが強く、多くの一般的なモーツァルトのピアノソナタ(内田光子・ヘブラーイングリット・ピリス・グルダ・・・など)に慣れ親しんでいると、ある種の拒絶反応が起きるかもしれない。

  あっさり弾く所を、不自然にゆっくり意味有り気に弾いたり、グールドならではの 乾燥した演奏(音質の事では無く、non-ペシミスティックという意味)が たっぷりと 聞ける。

  それはまるで、バードやギボンズを演奏している時のグールドと同じ系統だ。つまり、「古典音楽風のモーツァルト」って所か。何故か、グールドの歌声は殆ど聞き取れない。それはファンとしては味気無い所だが、一般的には それが普通なのだから、あまり突っ込ま無いことにする。

  全ての曲はステレオ録音の為 クリアーに音を再現できています。とにかく、全く 別の曲として 聞くと 面白いし、何故か グールドの演奏って(子供のお遊びのように)厭きにくい性質があるのかして 「もう分った。分った。」って言いたくなるようなモーツァルトを聞かなくて済みます。町に溢れているモーツァルトは本当にうるさい!

  一般的なモーツァルトに厭きた方 や グールドファン や 元々変なのが好きな人(プライドの高い変人) には オススメです。

  個人的には幻想曲ハ短調K475の演奏には 非常にビックリし、何回も聞き返した。う?ん:この長い難曲の解釈があまりにユニークなので グールドの小説として 読んでみたいものだ!

  非常に有名なK331第11番イ長調の第一楽章は 素晴らしい演奏になっている 声もよく聞き取れるし 情感たっぷりに 不思議なグールド作品に仕上がっている 。名盤でしょう! 

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